2024年もあと数時間で終わろうとしています。
まさか2024年がこんな終わりを迎える事になるとは夢にも思っていませんでした。
我が家の王子様
長にゃんマイケルが去る11月13日に虹の橋へお引越ししていきました。

命に永遠はなく、いつかは来るお別れではあるけれど
どこかでまだまだ続いていくだろう、と勝手に思い毎日を過ごしてきてしまっただけに
それが突然、今年起きるなんて想像もしていなかったのです。
ブログを最後にUPしたのは2020年6月28日
時を同じくしてはっちゃんの体調不良からの高分化リンパ腫の発症とケア
コロナ禍など次々に色んな出来事が重なり
保護譲渡活動もお休みする事になってブログもすっかり休止状態になってしまいました。
今回マイケルの旅立ちがあり、2008年6月に始めたブログを少しずつ読み返すと
ブログをやっていたから、マイケルの事も写真も動画もいっぱい残していて
ブログをやっていて本当に良かったと改めて思いました。
そしてお会いした事はなくてもブログを通じてマイケルをとても愛して下さっていた
沢山の方がいらっしゃった事も改めて知りました。
最後は何だかあっという間に居なくなってしまった感じで
マイケルの事は未だにきちんと受け入れられない自分が居ます。
でもマイケルはとても頑張って私たち家族の傍で、その命の限りを精一杯長く
最後までマイケルらしく生き、私たちにちゃんとお別れを言わせてくれて旅立ったと思うのでマイケルへの感謝を込めて、きちんとマイケルの事を書き留めておきたいと、
書いておくべきだと思いました。
この約4年半位の出来事も、可愛い様子も
これからまた時々少しずつでも書いていこうと思っています。
マイケルが旅立ってから直ぐに、お友達、里親さんたちから沢山のお花や贈り物が届き
とても華やかでした。
改めて、皆さま、ありがとうございました。









11月12日、病院から一旦帰宅して家で過ごし
13日の朝、体調次第でまた病院に行く予定でした。
でも体調チェックや投薬の為に酸素室から出して腕に抱きかかえて間もなく



小さな声で少しだけ鳴いて、私の事を見ながら静かに腕の中で眠りにつきました。


前夜夜勤から帰宅したにーたんの事もちゃんと待ってて、だよね。

はっちゃんもマイ兄の旅立ちの時、ちゃんとそばで見守っていてくれました。
マイケルの最後の不調を聞いて、母姉も来てくれていたので
母と姉も一緒にマイケルの旅立ちを見送る事が出来たのです。


マイちゃん、最後は1日半出ていなくて心配したオシッコもちゃんと出て
とにかく全部お利口にしていったのです。
マイちゃん・・・
最後は具合が悪くなってから確かにあっという間だったけど
それだけに長患いもなく、前日あり得ない状態にも関わらず病院でもご飯を少し食べ
やせ細って面影がなくなるという事もなく

ふっくらマイケルのまま、旅立ったのです。
亡くなった時の体重は6.3㎏
病院では少し低体温だったけど、お家で電気毛布でほんのり温めると
亡くなる前の検温では38.6度で嬉しかった。
本当にびっくりするくらい親孝行だよね。
マイケルのお見送りは、亡くなって直ぐには一旦5日後に
さくらちゃんを送ったのと同じ近くのお寺に決めたけれど
マイケルと後悔しないように、もっと出来る限りゆっくり過ごし話したりしたいと考え
11月21日夜まで延ばし、場所もお友達みぃさんが教えてくれたセレモニーホールに変えました。
亡くなってからもマイケルは本当に穏やかできれいで




どこか微笑んでいるような表情だったり

ただただ普通にのんびり寝てるみたいだけだったり


薄目を開けて、泣いている私を見て励ましてくれている様でもありました。



マイちゃんのクリームパンの様なふわふわのお手手

いっぱい握手

マイちゃんの縞々、フサフサのしっぽ
マイちゃんの全てが可愛くて愛おしくて手放したくなかったです。
本音を言えばずっとこのまま手元に置いておきたかった。
でもお見送りの前夜


これ以上手元に置いておくのは私のエゴだと、素直に思うことが出来る様になって
きれいなままのマイちゃんで送り出してあげるべきだと思い
「もう寝んねしようね」と言い、少し開いていた目を閉じてあげる事が出来ました。
お見送りまで9日間設けた事で
ブラッシングしたり、いっぱいお話ししたり、抱きしめたり、キスをしたり・・・
私なりにマイケルとゆっくりお話しして触れ合う時間が取れたことは
私の心にとって本当に大きな救いでした。
そしてセレモニーホールでのお見送りも、本当に温かくて心が救われました。
大切な家族、どう送り出すかもとても大切で
その仕舞い方も含めてマイケルの猫生だから。
マイケルは




沢山のお花と家族写真や手紙も添えて
食いしん坊だったから、もちろん口元にご飯も置いて


皆で沢山のありがとうを伝えてお見送りしました。
うちの子になったのが2007年11月3日、それから17年と10日
保護時に3~4歳と言われたので、推定20~21歳だったマイケルだけど
既往症はありながらも、もの凄く大病をする事もなく元気で居てくれました。
その証拠にマイケルの骨は、年齢からは想像できないほど立派できれいで
セレモニーホールの方も驚いていました。
掲載を迷ったけれど、長年頑張ってくれたマイケルの全てを記しておこうと
骨の写真も載せようと思います。

親バカだけど、シッポの骨もきれいに残っいて
骨になってもシッポの先まで可愛くて・・・
お顔も、歯もしっかりきれいに残っていたんです。
どこまでも立派だったね、マイちゃん

マイちゃんはモフモフのカバーに包まれておうちに帰ってきました。
今もまだリビングでさくらちゃんと一緒にお花に囲まれて過ごしています。
実は今日12月31日がちょうど49日です。
49日が過ぎたら、さくらちゃんと一緒のキャビネットに移動するように思っていたけど
まだもうちょっと気の済むまで、この場所に居てもいいよね。
マイちゃんが居ない我が家は火が消えたように静かで
私はその存在の大きさに正直打ちのめされています。
私の生活の中にマイケルがどこにでも存在していたので。
だからマイケルを失いどこか自分の色んな感情が死んでしまった感じで・・・
もっとわんわん泣けたり出来た方が良いのだろうに
そういう感情すら凍ってしまった感じで
自分でもどうしたら良いのか?今はわかりません。
このマイケルロスからどうやって抜け出していけるのか?わからないし
抜けられるのか?さえわからないけれど
今後この4年半の日々の事を少しずつ書いていきながら
マイちゃんとのこれからの時間を受け止めていけるようになったら良いな
と思っています。
だからマイちゃん、どうかダメダメなねーたんのこと、そばで見守っていてね。

そしてはっちゃんの事も守っていてね。

マイケル、私と出会い、家族になってくれて、本当にありがとう
マイケルに出会わなければ、全く違う人生を送っていたと思うよ。
沢山の素敵なお友達、里親さん、卒業生たちにも出会えなかった。

私はマイケルの家族になれて世界一、宇宙一幸せ者です。
苦しい程に愛していたし、これからもずっとずっと愛してるよ。
きっとそちらでさくらちゃんや他のみんにゃとのんびり過ごしているかもしれないけれど
どうかたまには会いにきてほしいな。
待ってるよ・・・














































